あまりの女性嫌悪にフェミニストにならざるを得なかった女性たちが綴った戦いの記録。アジュマブックス出版書籍【根のないフェミニズム】


突然ですが、怒るのって難しくないですか?

多くの女性が経験あることかもしれませんが、

夜道を歩いているときに、後ろから足音が聞こえてくると私は怖くなります。

その時の私は、振り向くことはできずに背後から聞こえてくる足音と少しづつ軌道をずらして歩き、横から追い越してくれないかとゆっくり歩いてみたり、極端に人通りの少ない場所であれば早歩きや小走りになったり、

何事もなければなかったで

『やっぱりこんな夜中に出かけるのは良くないな』

『しかもイヤホンして』

『不審者と疑って申し訳ない、』

『あからさまにビクビクして、自意識過剰とか思われた?』


「ていうかなんでこんなオドオド生きなきゃなんないの!??ふざけんな!!!」

まずそれ。ほんとうはそれがまず浮かぶべきなんです。

でも頭の中に最初に浮かんだのは、自分に非があるんじゃないかと。

自分の行動を責め、さらには羞恥さえ感じる。


こんなことあっていいの??

被害者になりやすい女性がなぜ行動を制限され、自分を責めなきゃいけないんだろう。

そしてなんで、怒りに真っ直ぐ向かうことすら難しいのか。

茹でガエルの寓話のように、お湯がどんどん熱くなっているのに気づかないカエルが茹で上がってしまうのと同じで、険しい道をサバイブしているのにサバイブしていることすら気づかない。

「あれ?もしかして生きるってつらい??」と思い至った時には、社会はもう熱湯でしたとか、地獄すぎる。

『女性の怒りは女性の覚醒を意味する』(第5章183ページより)

先月アジュマブックスから発売された書籍「根のないフェミニズム」の中に出てくる言葉です。

その通りに、私は怒りによって覚醒しました。

感じなかった違和感を感じ取れるようになって、

以前の自分の軽率な言動や行動をいま振り返って恥じてしまうこともあります。

(この恥は女性としてのあるべきだと教えられた恥ではなくって、問題意識の足りない鈍感で無知だったことからくる恥です。大事なことなので。)

思えば、これまでたくさんの違和感を感じてきました。

高校一年の時にやっていた飲食店のアルバイトでは、

人手を探しているという店長に友人を紹介し、友人の面接が終わった後、そわそわした気持ちで店長に「どうでしたか?」と尋ねると、「かわいい子だね。採用かな。」と言った。

驚いた私が「関係あるんですか?」と聞くと、慌てて「ほらやっぱり、ホールに出る子がかわいいとこっちもありがたいからさ、」

いや、なんのフォローにもなってねーよ

受け答えがしっかりしていたね。だとか、真面目にやってくれそう。とかでもない。第一声と判断基準が容姿であることがまずキモいし、募集要項にあるホールに出て食事を運んだりする以上の労働(しかもサービス)を求める気満々だし。

高校1年、15歳であっても女性であることで暗に求められることを察するほかありませんでした。

最悪な雇い主に何も言い返すことができないまま数年働き続け、その後、同じような精神を持ち合わせた人たちから受ける不快感を受け流しきれず傷ついてきたことを今になってひしひしと感じます。

でもそれらを容認するように鍛錬された私たち。

飲み会で見た目をネタにされたと漏らしながらもその場を切り抜けることに慣れたと口にする友人。男性上司のあからさまなセクハラを「まぁ、いつか辞めるけどね。」と流す友人。大学時代、サークルの先輩にレイプされたと打ち明けてくれながらも、当時周りに証言を受け入れてもらえなかったことで、自分に非があったのではないかと今でも考えると話す友人。

女性という理由で受ける残酷さがあることは事実なのに、女性が我慢して身を潜めていなくちゃいけない側であることはおかしい。反対は絶対あり得ないのに。

『自分の怒りを信頼する』(第5章182ページより)


理不尽な痛みを感じているのに、怒りに変えられないのは、自分の感情を本気で信頼していなかったからだってことを「根のないフェミニズム」の中に出てくるこの言葉で気づきました。


痛みに鈍感にならされる社会の中で、本書の中のメガリアたちは、痛みを内にとどめず怒りのパワーに変えて社会に表明することで怒りのパワーが連帯、連帯が解放のへの道になるということをはっきりと示します。

「女性嫌悪なんて一部の人だけでしょ?」

「昔の話でしょ?」

「なんでそんな怒ってるの?」

なんて言葉に逸らされず、

怒りを共通言語にして話し合うことで、それだけでも女性たちは分かち合って連帯できるのではないかと思います。

湧き上がってきた怒りの声を決して些細なことだと諌めたり、慰めたりもしない。

怒れる女性たちと一緒に腹を立てたい。

今や私はフェミニストだし。良い人間でいる努力をしたい。


『私の怒りは、私を含む女性たちが女という理由で死なされるという現実から出発している』(第5章183ページより)



あまり女性嫌悪の社会でフェミニストとならざる終えなかった勇敢な韓国オンラインフェミニスト集団メガリアたちの戦いの記録「根のないフェミニズム」

日本でも女性への暴行や性暴力、女性という理由で女性が殺害されるフェミサイドは存在します。メディアではそれらをセンセーショナルに報道しながらも、現実には被害者側に圧倒的に不利な法律が存在し、被害を受けても声を上げられない女性たちがいる。


さらに、日常的に女性への暴力がくり返えされるにつれ、社会だけでなく、被害者ですら痛みを軽んじてしまうことが起こっています。私や私の友人たちのように。


彼女たちが立ち上がった理由は、私たちにもわかるはず。